2007年11月16日

私が太皷に魅せられた時(5)

“一人じゃないからこそ”

私が師匠に弟子入りしたあの日からあっという間に23年立ちます。いよいよ25周年記念公演に向け準備を始める時期です。

うちの太皷団体の結成のときです。14名以上は集まったでしょうか。30Kg以上はあるだろう大締太皷(木のケース込みです。1.5m×2.5m×1.5mくらいはある)を2人で持って5km以上歩かされ、すでに握力がなくなったところへさらに練習。親指の先から人差指の先までぐるっと(イメージわきますか?)皮が剥けてしまい、さらにすべての指の根本にマメができてつぶれ、さらに叩くもんだからあちらこちらから血がしぶいてバチが汚れ、太皷の皮にも血がつくと、師匠に“馬鹿野郎太皷を汚すな”と叱られ、慌ててタオルで血をふき取る(太皷のですよ)のです。しまいには手がしびれてバチが持てなくなった時に“休憩しろ”とようやく休ませてもらう・・f(^-^;;
髪はスポーツ刈りか五分刈り強制。まぁめちゃくちゃな待遇でした。
#こういう話はいくらでもあります。f(^-^;;

しかしスパルタ教育のおかげで、最初の1カ月以上タイヤで基礎打ちしかさせてもらえなかった私たちが、わずか3カ月目にはそこそこ叩け、半年後には師匠と本番に出、1年後には無事自分たちだけで舞台に上がることができました。

なぜあんな厳しい練習に耐えられたのかと考えると、やはり仲間がいたからです。もし仲間がいなければ逃げていたかもしれない。仲間のおかげで太皷の叩き方を必死に体に染み込ませることができたのです。

自分が指導する立場になった今、現在のメンバーには本番前しか厳しい指導はしません。でも仲間意識はしっかり育っています。私は太皷の仲間が大好きです。彼らがいるからこそ組太皷が組めるし、彼らが車やトラックを出してくれるからこそ遠征もできるのです。学校や職場では決して得られない結束力がそこにあります。楽しさと厳しさと苦しさを一緒に経験し、本番を共有した者のみがわかる、あ・うんの呼吸です。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/6822581
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック